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日本人の宗教性に対する再考察が必要な時代

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著者の田中氏は日本を代表する美術史の専門家。

学生時代にマルクス主義を体験後、ヨーロッパで西洋美術の研究を経て日本史の新たな境地を切り開く活動を進めている。

西洋的な視点では「日本人は無宗教で無神論者」が通説になっている。

ややもすると我々日本人自体も自虐史観的な傾向で納得してしまいがちだが、氏の論点はその論点を再考させてくれる力を持つ。

「神が自然を造った」一神教的世界観の西洋哲学と「自然の中から神が生み出された」日本人の宗教観の対比の中で、我々日本人がどうしても一神教的な観念を受け入れられない理由が見えてくる。

西洋哲学と一神教的世界観に潜む矛盾性が時代を経て露わとなり、西洋世界の三大宗教は最終的に無神論的世界観を生み出さざるを得なくなるまで追い詰められた。

崩壊の危機にある文明精神を再構築するために続けられている人々の努力に日本人の宗教精神とその方向性がソリューションを提供できる時代を迎えている。

そのような時代的要請の中で、我々日本人自体も世界を説得できるだけの実力を持つことが求められている。

同氏が自身の学問研究の中で切り開いてきたように、西洋的な思考方法と流儀を学ぶ必要性を忘れてはならないだろう。

エンペラー・ファイル : 天皇と日本人の狭間で

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昭和・平成・令和の激動の中で天皇一家が模索してきた自身の在り方を理解できる貴重な証言。同じ人間、同じ日本人として共感を覚え、深い感銘が湧き上がる内容だった。

何よりも驚かされるのは、戦後の新憲法で「象徴天皇」とされた昭和天皇が各国の要人と渡り合う中でインテリジェンス能力をいかんなく発揮していく姿であり、その活動記録が我々後世の日本人に伝わる形で残されていたことは奇跡ともいうべき事実だ。

非常に微妙な戦後の雰囲気の中で、日本を共産主義の魔の手から守るため、己の命を賭して可能な限りの情報収集を尽くした昭和天皇の歩みがインタビューという形で明らかにされたことは、戦争で国体を奪われた日本人にとってのせめてもの至福だと思う。

その昭和天皇から次世代の教育を託されたアメリカのバイニング女史が、若き日の平成天皇に対してアメリカ民主主義の根幹を支える精神文化を伝える貴重なシーンが出てくる。

バイニングが出会った頃の皇太子は、まだ学習院中等科の学生で、その年齢にしては礼儀正しく聡明だが、どうも自分の意思で行動する意欲に欠ける印象を受けたらしい。どこへ行って、何をして、誰と何を話すか、全てを周りに任せっきりで、それは授業中の態度にはっきり現れた。
「やがて私は、とかくあらゆる決定を他人に任せて何も自発的にはなさらない殿下の受身な御態度を改めたいと思って、『最初に何をしましょう、書取り?会話?それとも読み方にしますか?』などと言い始めた。最初殿下は、『先生の方で決めて下さい』とおっしゃったりしたが、さあさあと促されると、たいてい、一番お嫌いな書取りを初めにするとおっしゃるのだった」
いきなり自由を与えられても、それをどうやって使っていいのか、自分でもよく分からない。教室で戸惑う皇太子の顔が目に浮かぶが、程度の差はあれ、それは当時の多くの日本人に共通していたとも言えるだろう。
満州事変から日中戦争、そして太平洋戦争へ。戦況の悪化につれ思想統制が強まり、人々は意見を言う自由を奪われていった。自分の意思で行動するのを放棄させられた末に、戦後、どっと押し寄せたのが米国式民主主義である。だが一旦、思考停止に馴れたら、いきなり自由などと言ってもきょとんとするだけだ。中には、何でも自分勝手に振舞うのが民主主義と勘違いする輩も出る始末だった。
人間にとっての自由とは何か、規律とはどうあるべきか、それを皇太子に教えるためにバイニングは、いかにも彼女らしいやり方を取っていた。
ある日、彼女は生徒たちを連れて代々木にあった米軍用の住宅地区、ワシントンハイツを見学に訪れた。ここは米軍の将校とその家族が居住する区域で、敷地内には教会や映画館、学校などがあり、「日本の中のアメリカ」とも言えた。ここで皇太子の一行は、子供たちの授業を見学したが、彼女の回顧録から引用してみる。
「翌日、いつもの皇太子殿下の個人教授の時間に、アメリカン•スクールでは何に一番興味をひかれましたか、とおたずねしてみた。殿下は即座に『教室です』とお答えになった。私が『どういうわけで?』とおたずねすると、『子供たちが自由にのびのびとしているからです』というお答えであった。殿下は何か考えるように黙っておられたが、やがて、『なぜあんなに自由なんですか』と訊かれた。
簡単な言葉でどう説明したらよいものかと私は思いまどった。『アメリカの子供は大人になったとき自由な人間になろうとしているからです。そしていまのうちに、どうしたら人間はほんとうに自由になれるのか学ばなければならないのです。どうしたら一緒に働けるのか、どうしたら他人の邪魔をしたり傷つけたりしないで自由であることができるのか、を学ばなければならないのです。それを学ぶのは、彼等が学校にいる間なのです』
ややあって殿下はこうおっしゃった—『『アメリカのやり方と日本のやり方とどちらがいいのでしようか』
あからさまな比較をするのはいやだったので、私はちよっと質問をそらせて、『殿下はどちらだとお考えですか』とおたずねしてみた。
殿下はお笑いになったが、すぐ逆襲して来られた—『いいえ、先生にお訊きしているのです』そこで私は正直にこうお答えした—『日本の学校にもよい点はたくさんありますが、私はアメリカのやり方の方がよいと考えます。大人になったとき自由な人間になろうとするのならば、子供のうちにほんとうの自由とは何かを学ぶベきだと思います』」

若き日の平成天皇が自分で考える道を選択し始めたこと、それは正にアメリカのウォーギルド政策により洗脳状態を余儀なくされた日本国民に残された希望の突破口だった。

さらに一国の指導者として未曽有の苦難を通過した昭和天皇がその信念を国民と共有したいという思い、それが著者の行間を通じて伝わってくる。

・・・そもそも昭和天皇は、なぜバイニングを家庭教師に迎え、皇太子に何を学ばせようとしたのか。それは英語だけでなく、自分の意思で行動する力ではなかっただろうか。なぜなら、それが立憲君主にいかに大切か、自らの体験で心に刻んだのが他ならぬ昭和天皇だったからだ。
歴史にイフ(もしも)は禁句だとされる。すでに起きた過去の出来事を、後になって「あの時、こうしていたら」と振り返るのは無意味とも言われる。だが戦後の日本で最も真摯に、この問いを持ち続けたのは昭和天皇自身だったはずだ。
関東軍の暴走による張作霖の暗殺から満州事変、泥沼化した日中戦争と悪化する欧米との関係、そして真珠湾攻撃による全面戦争、これら全ての場面に天皇は立ち会い、後で「あの時、こうしていたら」と自問する瞬間が幾つもあったはずだ。
もし、満州事変で関東軍をもっと厳しく叱責していたら、もし、欧米との和平へより強いメッセージを出していたら、いや、もつと早く降伏を決断すれば、ひよっとして歴史の歯車を変えられたのでは。国中を焼け野原とし、軍人軍属と民間人合わせて三百万以上の犠牲者は出なかったのでは。
先に私は、戦後の昭和天皇が駆り立てられるように国際情勢のインテリジェンスを求めたのは、情報を持たずに国を崩壊させたことへの悔恨の念だったのではと述べた。だが、それと同じく、いや、それ以上に思い知らされたのが、自分の意思で判断し、行動する力の大切さではなかった。
いくら正確なインテリジェンスを得ても、それを自身の判断に生かし行動に移せなければ何の意味も持たない。優秀な情報機間があっても、それを政治家が生かせなければ宝の持ち腐れになるのと同じだ。そしていつの日か、昭和が終わり皇太子が後を継ぐ時、同じ過ちをさせないためにも米国人のバイニングを迎え入れた。その彼女の回顧録には、教室の黒板に「自分で考えよ!」と書いて、生徒らにこう語りかけた様子が残っている。
「私はあなた方に、いつも自分自身でものを考えるように努めてほしいと思うのです。誰が言ったにしろ、聞いたことを全部信じこまないように。新聞で読んだことをみな信じないように。調ベないで人の意見に賛成しないように。自分自身で真実を見出すように努めて下さい。ある問題の半面を伝える非常に強い意見を聞いたら、もう一方の意見を聞いて、自分自身はどう思うかを決めるようにして下さい。いまの時代にはあらゆる種類の宣伝がたくさん行われています。そのあるものは真実ですが、あるものは真実ではありません。自分自身で真実を見出すことは、世界中の若い人たちが学ばなくてはならない、非常に大切なことです」
もう半世紀以上も昔の言葉なのに、今日の世界を考えると予言的とすら言える響きがある。今ではあたかも真実を装った虚構の情報、フェイク・ニユースが氾濫し、ツイッターやフェイスブックを通じて拡散され、やがてそれが現実をも動かしてしまう。「自分で考えよ」というバイニングの言葉は終戦直後より、むしろ現代の私たちに相応しい忠告なのかもしれない。

最後に著者は現代における天皇制の核心を歴史的現実をもって読者に諭すのである。

結局、私たちにとって、日本人にとって天皇とは何なのだろう。確かに戦後の日本国憲法では、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定している。が、何度、その文面を読んでみても、自分の中の漠然とした気持ちが消え去らなかった。象徴、シンボルとは何なのか。
まだ雨は降り続いていたが、目の前の群衆の数はさっきより増えているようだった。二重橋や大手町から傘を持つ人々が続々と集まり、年齢もばらばらで、中には家族連れの姿もある。そんな彼らがじつと黙つたまま目を凝らし、おそらく、ここだけでなく、皇居を取り巻く他の場所でも同じ光景が現れているはずだった。
その瞬間、不意に、あの田中清玄の言葉が脳裏に蘇ってきた。晚年の彼が自伝の中で、天皇制を物質の核になぞらえていたのを思い出したのだ。あらゆる物質は核がなければ結晶せず、例えば真珠がそうで、貝の中に小さな粒を入れることで分泌が起こって綺麗な真珠の玉ができるのだという。
「人間だって同じ。哲学のある人、信念を持っている人とそうでない人とでは、大変な違いがある。民族だって同じです。天皇制や王政がなぜ何百年、何千年たっても人類社会で続いてきたかを考えれば、私はまさにそれではないかと思う。民族にはバックボーンが必要なんだ。日本でもごく一部の人問が、共和制にするために、天皇制を除外するというが、できはしませんよ。やったら大変な混乱が起こるし、日本は壊滅します」
「これが平和を保つには一番いい政治体制なんです。自由主義や民主主義が共産主義に取って代われるという妄想は止めた方がよい。これは頭の悪い欧米の連中の考えだ。なぜなら現実はそうはならないじゃないか。国には中心となる核が必要なんだ。ニ千年たとうが三千年たとうがそうだということは、歴史を見れば分かるじゃありませんか」
なるほどね、「象徴」ではなくて、「核」か。
降りしきる雨の中、皇居を取り囲むように集まる人々を思い浮かべながら、もう一度、この言葉を反芻してみる。たしかに、しつかりした核さえあれば、たとえ物質が崩れても再生できる。どんなに国が乱れようと、いつか立派に再建できるのだ。その核を代々受け継ぐのが天皇家だが、これは右翼、左翼とか、保守、リベラルとかいう話でなく、歴史の現実か。そう言えば田中はロ癖のように、こうも言っていたという。
「すべては現実に適合しているかどうかなんだ。イデオロギーなんかに惑わされていたら、何も見えない」

コロナ禍在宅勤務の体調管理と雑感

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4月の中旬から在宅勤務が始まって以降、朝のランニングを始めた。
1日中狭い家でずっと椅子に座って仕事をしているとエコノミー症候群になる危険性を感じたから。
ただそんなに逞しく体を鍛えるための運動ではなく、とりあえず体を柔軟にしたいというのが目標なので、実際には散歩したりベンチに座っている時間の方が長い。
1時間程度のランニングの折り返し地点に休憩ベンチがあり、座って花壇エリアを眺めながら和むのが最近の日課となっている。
植え替えの時期を迎えたのか、今日の花壇は土壌がむき出しとなり、小さなダンゴムシが縦横無尽に幅を利かせていた。

そのダンゴムシを見ながら「風の谷のナウシカ」の王蟲を思い出した。
アニメの1シーンにナウシカの地下実験室が出てくる。
腐海の生き物に取り囲まれたナウシカは「腐海が汚染された世界を浄化している」事実を語っていた。

今世の中を騒がせている新型コロナウイルスはコウモリ由来と聞く。
もしかしたらそのウイルスにも世の中を浄化させる何らかの機能があるのかもしれないが、不適切な取り扱いを受けたウイルスは人類に刃を向く存在となる。
つまり見えない汚染をまき散らすウイルス自体に問題があるというよりも、人間の心の汚染が実体化したのが現代のウイルス感染社会であるとも見ることができる。
その解決方法は唯一、人間の心の汚染環境の浄化でしかない。
人間のメンタル汚染を扇動してきた共産主義+商業グローバリズムというゾンビレジームへの決別ができるかどうか?
これを可能にするヒントはチェルノブイリからソ連崩壊に至る民主化工程にあると考える。
それが我々に突き付けられた人類最後の課題なのかもしれない。

初夏の香り漂う朝の陽射しを受けながら、ふとそんな思想を巡らす1日だった。

落合莞爾氏「ワンワールド」シリーズについて

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金融ワンワールド 地球経済の管理者たち    

金融ワンワールド 地球経済の管理者たち

  • 作者: 落合 莞爾
  • 出版社/メーカー: 成甲書房
  • 発売日: 2012/04/20
  • メディア: 単行本
最近落合莞爾氏の著書に関心を抱いている。
明治維新にまつわる陰謀論諸説を超え、「國體理論」という壮大な洞察を繰り広げる著者の見識はあまりにも広大であり、未だ明確な全体像を掴めていないのが実情だが、いずれにせよ今の世界が歴史的な宗派対立を導火線として混乱の道へと導かれつつあることは周知の事実だ。
本著は2012年発刊であり、ゼロ金利社会の背後の圧力についての洞察を主眼とするものだが、最近の世界情勢に警笛を鳴らす記述が目を引いたので一部引用しておきたい。
 
 産業社会の維持のために、金融ワンワールドが選ぶ次善(実は最善)の手段として、戦争が浮上してくるでしょう。
 世界は2011(平成23)年秋から、第四次大戦に突入した感があります。第一次は欧州大戦、第二時は世界大戦で、第三次大戦は結局、米ソ冷戦のまま終わりました。これに対し、第四次大戦は近代国家同士の戦争ではなく、各国内での一神教同士の対立を主とした内戦です。むろん根底は種族の生存競争ですから、背後には資源獲得を主眼とする経済問題があります。
 諸賢はご存じと思いますが、一神教が人類社会に及ぼす害毒は、当の一神教徒がほとんど自覚していないか、自覚してもしないふりをしているため、時を経ても改まるとは思えません。地上の経済問題に関わる国家間の武力闘争を既に克服してきた人類には、武力闘争はもはや宗教紛争の分野にしか残されていません。
 第四次大戦のエネミーライン(前線)は、国家間の戦争と違って、各国内を痛感する一本の針金のようなものです。朝鮮半島から始まり、南シナ海を縫ってアジア大陸に上り、タイ、ビルマ、チベットを結び、インド、パキスタンではやや広がり、アフガン、イラク、イランを通ってペルシャ湾を渡り、北アフリカに達します。エネミーライン上の各地では、小規模の戦闘行為がやむことなく陰湿に続くことでしょう。合計すれば数百人の人命が毎日毎日、失われていきます。
 その多くは民間人ですから、これを大戦と認識しない各国政府やマスメディアは、テロだの何だのと矮小化しますから、いつまで経っても解決しません。国連事務総長は仕事ができて大得意でしょうが、いくら安全保障理事会を開いても、ミッテルニヒの名言のごとく「会議は踊る」だけです。
 この内乱大戦は、ユダヤ教・キリスト教・回教の天啓宗教同士、またはその中の宗派同士の争いに発する「一神教対戦」ですから、これを制止するためには、人類は一神教の呪縛から覚めなければなりません。・・・
 
 

バック・トゥ・ザ・フューチャー ~ この本から思考がはじまった

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2017年 日本システムの終焉   The End of Japan's System (光文社ペーパーバックス)

2017年 日本システムの終焉 The End of Japan’s System (光文社ペーパーバックス)

  • 作者: 川又 三智彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/08/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
もうすぐ2016年が終わる。
2007年に同書を読んでから10年が経つ。
http://puyopee.blog.so-net.ne.jp/2011-01-04
2011年にも書評を書いたが、自分の人生に新たな思考回路を植え付けてくれた川又氏には感謝している。
氏がリーマンショック後に破産したと聞いていて心配していたが、この方はただでは転ばないようで、大変な苦労をしながらも常に新しい夢に向かってチャレンジしているようだ。
http://rakiam.com/kawamata-sachihiko-tsukasa-weekly-mansion-current-1440
時代は正に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だ。

マラソンへの夢(1)

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本日2016年10月16日、荒川河川敷で毎年恒例のマラソン大会が開催された。
大会の様子を眺めながら、心の内の燻りが募る。
「1年後の自分」に思いを馳せて新たな決意をブログに残そうと考えた。

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ロシアから帰国後派遣社員として仕事を始めて1年後の2002年、最初の健診で肝臓の数値が引っかかり、「C型肝炎」と判明。
どこでもらってきたのか不明だが、おそらくロシア学生時代の健診で背中に注射を打たれたのが原因ではないかと疑った。
以来10数年で血小板数は10万から3万台まで減少、肝硬変の兆候が顕著に。
5万台から鼻血の頻度が高くなる。
焦りを覚える日々を送る中、2014年に「C型肝炎治療のブレークスルー元年」のスローガンの下、待望の新薬が登場。
不安と期待の中で2015年夏より服用開始後、ウイルス消失状態が6か月続き「完治」の宣言を受ける。
人生の新たな門出を迎えた今年2016年となった。

一方、C型肝炎ウイルスは消失したものの、肝硬変に至った肝臓はそう簡単に元に戻らない。
担当医からは「問題がなければ肝硬変に至った2倍の速さで元に戻る」と伝えられたが、現実としてはそう簡単ではない。
鼻血の頻度は下がったものの全く安心できるレベルではなく、右上腹部のシクシク感もまだ消えてはいない。
完治宣言後も体の疲労感が抜けない生活は続く。
特に厄介なのは冬季の鼻血とこむら返りで、年に最低1度は足の甲の攣りによる激痛に苦しむことになる。

2010年頃に子供たちと鬼ごっこで遊んだ際、急激な運動により肝臓が燃えるような状態になり死ぬような思いをした。
それ以来ランニングにも恐怖を覚えるようになった。
何度か早朝の運動を試みたが長続きせず、さらに事務系企業への転職を契機として残業時間に比例し体重が増えることに。
ぎっくり腰に始まり体の節々に痛みを感じるようになってきている。

何とか自分の体を鍛える術はないかと悶々と過ごす中、マラソンへの希望は消えてはいなかった。
実家の弟も地域のマラソン大会に参加していると聞き、自分もいつかは走れる体を取り戻したいと密かな夢を抱いてきた。
そして今日10月16日、その夢を具体的に実行するという決意を新たにした。
(つづく)

仕事で使えそうな

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みんなが欲しかった! FPの教科書 3級 2015-2016年

みんなが欲しかった! FPの教科書 3級 2015-2016年

  • 作者: 滝澤 ななみ
  • 出版社/メーカー: TAC出版
  • 発売日: 2015/05/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

改めてFPの資格に注目中。
タックスプランニングはあくまで個人だが、それはそれで必要な問題だ。

著者には簿記の勉強でもお世話になっている。

 

婚活アドバイザー 大西女史の記事

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 論理的に褒める技術 ――婚活の勝機は「心を動かす具体的な話」にあり

 http://woman.president.jp/articles/-/786

 『なぜ彼女たちが結婚できているのか。それは相手の「心」を動かすことができたからです』

 なるほど納得です

日本人、キリスト教、そして信仰の意義

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カクレキリシタンの実像: 日本人のキリスト教理解と受容

カクレキリシタンの実像: 日本人のキリスト教理解と受容

  • 作者: 宮崎 賢太郎
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2014/01/21
  • メディア: 単行本
最近図書館に本を返しに行くときには必ず新刊コーナーを見ることにしている。そこにはかなりの確率で旬の書物が出ているからだ。今日見つけた本も自分の心の風景を明るくする内容だった。
「「カクレキリシタン」はキリスト教徒でない」というセンセーショナルな理論が興味をそそった。しかし内容は至って真面目なもので、著者の長年の研究成果からくる結論に感銘を受けた。学術的な部分は端折り要点を摘まみ読みしたが、日本人の核心を鋭く指摘するものだった。所謂「カクレキリシタン」と呼ばれる方々がその信仰の総本山であるカトリックになぜ戻らないのか、という疑問が投げかけられている。その最初の答えとして以下のような文章が綴られている。
『カクレキリシタンの信仰の根本は、先祖が命をかけて守り伝えてきたことを、たとえその意味が分からなくなってしまっても、忠実に絶やすことなく継承していくことにあり、その継承された信仰形態を守り続けていくことそのものが、先祖に対する最大の供養になると考えているからです。この理由はカクレキリシタンとしては最もオフィシャルな、そして彼らの信仰意識の顕在化された部分から出てくる最も的を得た回答といえるでしょう。』
ここで筆者は『「カクレをやめたり、カクレの神様を捨てたりすればタタリがある。それが怖くてやめられない」というのが、もしかしたら彼ら自身もはっきりとは気づいていない、もっとも本質的な理由かもしれません』とし、もっとも本質的なポイントとして「先祖崇拝」「奇跡信仰」「タタリ信仰」を挙げている。そして『これらに共通するのは、不思議な力を有する霊的存在への生き生きとした信仰』という結論を導き出している。
著者は『多数の殉教者が出たということは紛れもない歴史的事実で、何かに対して命までかけるような強い信念を有した人々が少なからず存在したことは確か』とし、殉教の事実を否定はしないものの、『しかし、それらの殉教者がいったい何のために、誰のために命を捧げたのかは確認する必要があります』と指摘し、これが『日本キリシタン史理解の急所の一つ』と説明している。つまり信仰の動機に関する客観的な問い直しの必要性を強調しているのである。これは『宣教師と深い交流のあった、高山右近のようなごく一部の例外的な身分の高い武士層を除けば、一般民衆層はほとんど日本の伝統的な諸宗教の教えと、キリシタンの教えの差異をはっきりと理解できていたとは考えられない』という分析からきている。
ここで注意すべき点として、『幕末から明治初期にかけての殉教事件は、キリシタン時代や潜伏時代の殉教とは少し事情が異なっている』という内容を挙げている。後者について著者は当時の宣教師の目的が「殉教」自体にあり、その理由として『殉教者が100%天国への道が約束されていたから』と説明する。一方前者は宣教師と信徒との間に生じた「御恩と奉公」の関係が生まれていたとしている。しかしいずれにしても、一般信徒の信仰の根本がキリスト的一神教に対する確信を普遍的共通要素とするには無理がある、という主張を述べているのである。
これに関連し、著者は「饅頭」の例えで我々の理解を補足している。つまり饅頭は外から見ると中身が「アンコ」(日本的)なのか「クリーム」(西洋的)なのかは判別がつかない。生地がパイからできていれば欧風の香りもするかもしれない。しかし饅頭の最終的な特色を決めるのは中身である。カクレキリシタンの宗教性を調査した結果、その中身は完璧に「アンコ」であり、日本の民俗宗教にキリスト教的な「強化剤」を加えた「ありがたい教え」だったと結論付けている。ここで日本人に特有の「信仰の重層性」という側面が強調されている。そして日本の諸宗教の根底には「祖先崇拝」が普遍的に見出され、『目に見えない、どのような神様なのかすらわからない神よりも、身近に接した自分たちの血につながる殉教した先祖たちの言葉、行いのほうが大きな影響を与えた』のだと解説している。
著者の結論として、『仏様も神様もキリシタンの神様も、先祖が同じように大切にしてきたありがたい神様』なので拝んでいる神様に優劣はないこと、そして日本の宗教が最も大切にしているのが「ケガレ」を嫌う「清らかさ」であることを挙げている。
また西洋のキリスト教については、明治以降の自国文化軽視と西洋文明への憧憬から敬虔禁欲的なバーチャルイメージがいまだに残り、これがキリスト教への敷居を高くしているが、その一方で『私たちが真剣に生きる意味や、さまざまな究極的な問題の解決を模索しようとするとき、先祖より家の宗教として受け継がれてきた仏教や神道は日本人の一般民衆の心の支えとはなりえて』おらず、また現在の学校教育を通じて知らず知らずのうちにキリスト教的世界観に接する機会をもつ日本人の考え方や行動規範はむしろキリスト教的となっているのが現実であり、その意味ではキリスト教の日本布教は一定の成果を収めていると指摘している。
自分としては改めて「キリスト教徒は何か」、「信仰とは何なのか」という深いテーマを考える機会となった。上述した著者の説は決して「カクレキリシタン」の価値や日本の宗教土壌の価値を低めるものではない。悟るべきは結局、各宗教の教義的相違点に振り回されることなく、宗教的実践を通じて培われる人々の和合の精神が重要なのだという点だと理解した。現代人は「人間にとって最も重要なことは何なのか」ということについての考察が至極困難な環境に置かれており、そのためにはまずもって宗教
的な和合があらゆる問題のキーワードになるはずだ。そして日本人はその歴史的事業の推進に対して重要な役割を担うことのできる素質を有していると確信するのである。

日本は人類歴史の「パンドラの箱」

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なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか(祥伝社新書287) 

なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか(祥伝社新書287)

  • 作者: 加瀬 英明
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2012/08/01
  • メディア: 新書
 
 
ここ最近安倍首相の発言や外交活動により各国のマスコミが騒々しい。
例の如く日本のマスゴミは「叩く」か「煽る」かのステレオタイプだ。
その根底にある論争の起源を冷静に探り、かつ明晰な理解をもたらしてくれる情報にはなかなかお目にかかれない。
しかしそれらの疑問に事実関係と歴史的俯瞰をベースとして簡潔な答えを与えてくれる非常にありがたい新書を見つけた。
そこには近代日本が欧米列強との関係の中で突き付けられた課題、そこから浮かび上がってきた日本人の長所と短所、そして意識転換の必要性が指摘されている。 
 
まずは日本の平和が虚構の上に成り立つ代物であるとの意見を引用する。
 
戦後の日本の平和主義は、日本が国家であることをやめ、外国の被保護国として安逸な環境に馴れるうちに、国民のあいだに定着したものである。
国民の多くが日本が「平和主義国家」であることを誇ってきたが、他人委せのの贅沢を見せびらかして、自慢するのと同じように浅はかなことだ。他人委せの平和を誇ることはできない。日本国民には、平和を愛していると言える資格はない。
戦後、アメリカの絶対的な軍事保護が、日本人から国家意識を失わせるのに当たって、決定的な力を持った。日本はどの独立国であっても持っている建国の精神を、忘れてしまった。
今日の日本の類例がない平和主義が、前大戦における惨惜たる敗戦の反動として生まれたというのは、まったく事実に反している。将来、もし、アメリカが日本を守ることがなくなったら、今日、平和主義を信奉している日本国民までが、防衛体制を強化する道を選ぶこととなろう。戦後の日本の平和主義は、御都合主義であり、まやかしでしかない。
国家の独立を自助努力によって守るのは、どのような国家にとっても、国家として在立を確保するに当たって求められる。日本にいまだに国旗国歌があり、国家であることを嫌い、自衛隊を疎かにする人々がいるが、日本が国家であってはならないと考えているから、反対しているのだ。
日本が国家であることを否定することによって、国家を形成する責任から解放されたから、放縦に暮らせる特許状を手に入れたようなものだった。
先の戦争について、日本国民のあいだに日本が絶対的な悪であったのであり、戦勝諸国が絶対的な善であったという東京裁判史観を安易に受け入れて、日本だけに咎を負わせることが、いまだに流行っている。日本が罪深く、危険きわまりない国であれば、国家としての責任を担う資格がないことになるから、都合がよかった。
・・・日本では得体の知れないものが、権威をもって横行していることが多い。日本民族を特徴づけている和の力は、善用されればよいが、しばしば自らを傷つける両刃の剣となる。
日本では本当は実態が乏しく、内容が不十分なものであるのに、そのものにあたかも大きな権威があるかのように、つくりあげてしまうことが多く見られる。たとえば憲法にしても、現実にまったくそぐわないのに、改めることができない。金縛りにあったような状況が、続いている。
憲法について、コンセンサスがあるのだ、といって、このコンセンサスは全員がよく考えた結果として、生まれたものではない。
どうして日本では人々が得体の知れないものに、寄りかかるのか。このようなことは、ほとんどの日本人が成熟した自己を持っていないことから起こる。
不十分で、中途半端な自我形成しか行なわれていないのだ。自我の中心が自分のなかにないので、自分を一人の人間として意識することがない。自分の大部分を集団に委ねていると、つねに集団のコンセンサスがどこにあるのか、気を配らなければならない。
そこで、全員でさぐりあうことになる。みんなでさぐりあううちに、実態のないような中心が生まれる。
これは無責任なものだ。ところが、全員がこの得体の知れない中心に、寄りかかることになる。どこにもないものであり、実態がなくても、コンセンサスであるから支配的な力を持つ。
コンセンサスは冒しがたい権威を備えて、独り歩きを始める。日本国憲法は、このような得体が知れないコンセンサスの代表的なものだ。
敗戦までは、新間がこのような得体の知れないコンセンサスを、支えてきた。満州事変以降、新間が軍国主義熱を、さかんに煽った。
戦前は「無敵日本」とか、「神州不滅」といったスローガンによって代表されたコンセンサスが形成されて、国民の思考を呪縛したために、現実に即した議論を行なうことができなかった。日本は知的な逞しさがない国となってしまつた。今日の日本はかつての軍国主義が、まやかしの平和主義によって擦り替えられただけで、同じように無責任なコンセンサスによって、自らを縛っている。
 
一方、著者は日本人が自分たちの誇るべき歴史さえ忘れさせられていると説明する。 
 
今日、当然のことになっている人種平等の世界は、日本の力によってもたらされたものである。
先の大戦は日本が切羽詰まって自衛のために立ち上がった戦争だったが、多くの日本の青年がアジアの解放という夢のために、生命を捧げた。
日本によって、世界のありかたが一変した。それだけに西洋諸国による報復も、すさまじいものだった。戦争に勝った連合国は、日本の輝かしい歴史を抹殺することを、はかった。
・・・日本は第二次大戦で、アジアの国々を侵略したとされている。
しかし、どうして侵略をする国が、侵略をされた国の青年に軍事教練を施し、精神力を鍛え、高い地位を与え、民族が結集する組織を全国にわたって作り、近代組織の経営方法を教えるということがあろうか?
この事実はとりもなおさず、侵略したのが日本ではなかったことを、証明している。
日本がアジアの国々を侵略していた西洋諸国から、アジアの国々を独立させるために、あらゆる努力を惜しまなかったと見るのが、正しい認識であると思える。
もちろん、日本は「自存」のために、大東亜戦争を戦ったのであって、アジアの解放のために戦ったのではなかった。しかし、いったん戦端が開かれると、アジア人のためのアジアを創造する強い情熱に駆られたことも、事実である。これこそ、日本人による大きな国際貢献だった。
・・・アジア・アフリカに、数多くの独立国が生まれた。もちろん、これはキリスト教の神の御旨に背くものだった。
日本は二十世紀の人種平等の神話をつくることによって、日本太古の国造りの神話を、二十世紀になって再演してみせた。新しい世界を生むことになった神話を、人類のためにつくりだした。
日本こそ、人類の希望だった。
ペリーは「パンドラの箱」を、開けたのだった。
 
読み終わってから、ルネサンス後20世紀に至る近世500年の歴史を振り返ってみた。
そこには欧米の圧力に翻弄されたアジア・アフリカ諸国の苦難とそこに立ち向かう始点となった日本の歴史が見えてきた。
歴史の困難な課題に日本人が係ってきたこと、その代価としての歴史的重荷、国勢の凋落、先人たちの苦悩、、、すべてが我々に課された十字架となっていることに心が揺さぶられる思いだった。
 
これらの主張が直ちに日本人の意識転換をもたらすことは難しいだろう。
しかし今後の潮流の中でいつかは消化してゆかねばならない課題であることは疑いの余地がない。