キャリアアップはなぜ必要なのか?

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現在自分はキャリアアップを指向している。
要するに「転職活動」中である。
諸所の事情はあるものの、自分を高めたいという意思は常に自分の中に蓄積されている。
今日は某企業の会社説明会に参加してきた。
「ライフプランナー」という仕事に関心があり、実際の業務について理解を深めたいという希望があったためだ。
参加前に近くの教会で祈りを捧げながら、自分の良心に「道を示してください」と尋ね求めた。
説明会に参加後、改めて考えさせられたのは「ライフプランの目的」ということだった。
自分を含め、多くの人がキャリアアップを目指している。
大多数の人々の目的は、それを通じて人生の価値を高めたいという願望からきている。
ではその願望は一体どこから生じているのだろうか?
これに対して「正解」与えることのできる人間はいない。
なぜならこの世ではその答えが「人それぞれ違う」からだ。
しかしよくよく考えてみると、大多数の人間は自己を高めたいという願望を持っていることから、ここに何らかの共通項が存在していることは想像に難くないし、当然共通項があって然るべきだ。
実は、我々の動機は我々が元から持っているものではない。
人間には必ず「親」、つまり「原因的存在」が存在する。
当然ながら我々の「親」も、「なぜキャリアアップをしないといけないのか?」という質問には答えられないだろう。
ただ一つだけ言えることは、「親」は誰しも「子」に対して立派な人間になることを願っている。
具体的には、「親」は我々自身が「大人」になって「生涯の伴侶」と家庭を築き、自己の能力を発揮しながら社会に貢献していく姿に喜びを感じる。
我々はその「親」の願いに応えるため、これらの「目標」を目指し、生きがいを見出していくのである。
統一思想ではこれを「連体」とよび、「全体目的」と「個体目的」が完全に調和されている状態をいう。
これが正に「宇宙の根本目的」となるのである。
この「連体」という概念がわからなくなってしまったのが今の我々の社会だ。
根本に「親」である神の願いがあることが感じられない、もしくはそこから引き離されてしまっているから、自分の人生の価値を過小評価して自ら命を絶ったり、逆に過大評価の中で傲慢不遜な「問題児」になったりする。
だから人々は絶望の中で呻吟している。
これに気付かない限り、人間は永遠に真の人生の価値を見出すことができない。
いわゆる「ライフプランニング」も、この根本原理の上に成り立つものであるはずだ。
つまり「ファイナンシャル」な部分は技術的な側面であって、根本的には真の「ライフバリュー」の追求が求められてくる。
自分がまずもってすべきことは、この「真の人生の価値」を自分の中で見極めながら行動していくことであることを再確認した。
天の深遠な配慮に感謝を捧げる。

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